不滅の男

あらすじ
16世紀初頭を舞台にした『不滅の男』は、イングランド王ヘンリー8世と大法官サー・トーマス・モアという2人の象徴的な人物の人生を通して、信仰と忠誠心の間の普遍的な対立を探求する、力強く感動的なドラマです。フレッド・ジンネマン監督が、ロバート・ボルトの1960年の戯曲を映画化したこの傑作は、政治家、国王、そして彼らの絡み合った運命を描いた魅惑的な物語をスクリーンにもたらします。 第1幕は、ヘンリー8世の大法官として権力の頂点に上り詰めた著名な弁護士であり哲学者のサー・トーマス・モアの紹介から始まります。一連の静かで瞑想的なシーンで、モアは、国王への忠誠心とカトリック教徒としての揺るぎない信仰とのバランスを取るのに苦労している様子が描かれています。妻のアリスは、彼の奉仕に対するより大きな報酬を求めるように優しく促し、子供たちや友人たちは尊敬の念を抱いて彼を見上げます。 一方、ロバート・ショウ演じるヘンリー8世は、壮大さと過剰さを体現した人物であり、カトリック教会の制約から解放され、イギリス国民に対する自身の権威を主張することを決意しています。ヘンリーが後継ぎとなる男子を望み、その結果、妻のキャサリン・オブ・アラゴンを拒絶したことが、最終的にイギリス宗教改革につながる一連の出来事を引き起こします。野心的なウルジー枢機卿を含む彼の顧問や廷臣たちは、彼に結婚の無効を求めるように促し、一方で彼の顧問たちは、既存の秩序を乱すことの危険性について注意を促します。 ヘンリーの決意が固まるにつれて、モアは困難な決断に直面します。ヘンリーをイングランド教会の首長とする至上律の宣誓をするか、自分の信念のためにすべてを犠牲にするかです。モアは、家族への愛と国王への義務の間で葛藤し、同時に自分の行動が教会と国に与える影響についても考慮します。 緊張が高まるにつれて、モアはナイジェル・ダヴェンポート演じるトーマス・クロムウェルや、ジェレミー・アイアンズ演じる養子のローパーなど、友人や腹心に頼ります。これらのキャラクターはモアの内省の対照となり、彼の行動の結果について異なる視点を提供します。陰謀の才能を持つ現実主義者のトーマス・クロムウェルは、宣誓の現実的な利点を考慮するようにモアに促し、理想主義と権力欲に駆られたローパーは、モアの反抗に自身の利益を追求する機会を見出します。 物語が悲劇的な結末に向かって進むにつれて、モアの内的葛藤は抑圧勢力との外的対立へと変わります。下院に召喚され、宣誓を拒否する理由を正当化するために、モアは信仰とイギリス国民への献身を表明する感動的な演説を行います。「もしイングランドで多くの人々の首を刎ねたら、」と彼は主張します。「あなたはイングランドの人々の首も刎ねることになるでしょう。」 この雄弁で勇敢な宣言は、最終的にモアの運命を決定づけます。国王の前に連れてこられたモアは、良心を捨てるか、反抗の結果に直面するかという、胸が張り裂けるような選択を迫られます。彼の決断は、冷酷な実用主義の恐ろしい兆候であるヘンリー王の冷たく計算された視線と出会い、ヘンリー王は反逆罪でモアに死刑を宣告します。 映画の最後のシーンでは、モアが処刑の準備をしている様子が描かれており、彼の忠実な家族や友人たちが付き添っています。善良ではあるものの、ますます野心に取りつかれているローパーとの最後の会話は、自分の原則を妥協することの危険性を痛烈に思い出させます。試練に耐えながらも、モアの信仰は揺るぎなく、彼の有名なセリフ「太った婦人が歌うまではそうならないだろう」の中で、彼は神の正義の確信に慰めを見出します。 『不滅の男』は、エンドロールが流れた後も長く共鳴し続ける映画の傑作です。登場人物と対立のニュアンスに富んだ探求を通して、圧倒的なプレッシャーに直面しても、私たちの選択が私たちを定義し、私たちの運命を形作ることを思い出させます。ヘンリー8世とサー・トーマス・モアの間の時代を超越したドラマは、信仰、信念、そして人間の精神の永続的な力の証となります。
レビュー
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